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継続は力なりと思う看護師の日記

思えば長く続けている看護師というお仕事、研究、そのほかについて書こうと思います

「倫理的配慮」の独り歩き①

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研究を始める前の研修会などでは、倫理的配慮には気を付けるように、どんなに価値のある研究でも倫理で引っかかったらアウトですよ、と繰り返し説明します。

 

研究経験者の先輩方からもアドバイスを受けるようで、初めて研究をする看護師さんたちも、この項目はきっちりと書いてきます。

 

けれども、連結式でもない無記名質問紙調査なのに、

「研究の途中で参加を中断できる」

と書いてあったり、院内研究で〇〇病棟の新人看護師全員を対象としたものなのに、

「研究参加者は特定されないように配慮し・・・」

と書いてあったりします。

 

その一文をどのように具体的に行うかの記載がなく、あまりに抽象的で、普通に考えれば不可能なお約束です。

 

研究に少し慣れてくると、「倫理的配慮」にものすごくこだわる人がでてきます。

自分の研究に対して、いかに倫理に配慮しているか詳細に述べ、細心の注意を払う、というのは、そこまでする必要はないと思うけど、やりたければやってはいけないものでもないから、まぁどうぞ、というかんじです。

 

研究専門の大学の先生で

「データの入ったUSBは研究終了後に破壊する」

と書いている方がいて、なんだかその一言が論文の中で一番印象に残るということもありました。

これは表現方法の問題なんでしょうけれど。

 

さて、自分の研究の倫理にこだわる人は、人の研究に対しても面倒くさいことを言ってきます。

 

「研究対象者が特定されてはいけない」

ですが、臨床の看護師さんの定番、自分の勤務する病院の看護師を対象に研究する場合、さらにそれが新人看護師、中堅看護師、男性看護師、などに対象を絞る場合、どうしたって対象者は院内のスタッフにはなんとなく誰のことかわかってしまいます。

 

たとえば、「親の介護と勤務を両立させる工夫」を研究テーマにするとします。

昨今、社会問題となっている、親の介護による離職を、三交代勤務をしながら看護師はどうやって乗り越えていっているのか、という興味のあるテーマです。

 

しかし、介護をしている看護師、ということである程度院内のスタッフには誰が対象になっているかわかります。

こういう時に、「研究者が特定される」という理由で、クレームがついたりします。

 

これは、研究対象者に研究協力依頼をする時点で、

「データの扱いには注意を払うが、発言内容によっては個人が特定されるおそれがある」

という説明をし、そのうえで、看護師という専門職の個人の判断で参加を決めていただき、研究方法に、倫理的配慮を行ったためにおこる制限を説明し、必要ならば最後に、制限をしたためにおこる研究の限界を記載すれば問題ないことだと考えます。

平たく言えば、判断能力のある人が、

「身バレしてもいいよ」

と言って研究参加してくれるなら問題ない、ということです。

 

しかも、院内研究の場合は、職員対象で自由意志での参加だとわかれば、よほどのことがなければ倫理上問題になることはないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きやすさに影響する性格

           

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末娘が2年続けたアルバイトをやめて、新しいアルバイトを始めました

 

「新しいところ、どう?」

 って尋ねると

「仕事は忙しいしハード。疲れる。

でも、最初って、どこも大変だよね、慣れるまで。

どこだって一緒だよ、きっと」

と、大人な発言をしてました。

 

今日は珍しく、姉娘と末娘と私の3人でお茶を飲んで、ゆっくりしゃべる時間があったので、世間話しをしていました。

生活する時間が違うので、3人でしゃべるのは久しぶりです。

 

姉娘はこの春就職し、実家から会社に通ってます。

まだ新人研修を受けているところですが、今週は業務説明の一環で、品質管理部門の研修があり、製品を選別する、不良個所を見つける、というような説明を受けたそうです。

「でも、どこが悪いか私にはさっぱりわからないくてさ、説明されても違いがわかんないし、他の人たちはみんなわかってるらしいけど、私だけわかんなくてさー、やばいわー」

と言ってました。

 

すべてにおいて、おおらか、気にしない、気が付かないという性格が、製品の不具合を見つける、という点においても発揮されるのか、と思って驚きました。

 

そんな性格なので、就職しても特に仕事や人間関係に不満もなく、しんどいとも思わず、気を張ってるわけでもなく、ゆるーっと環境に馴染んでいます

 

「なんか、一人お局様みたいな人がいるらしくて、みんな、言い方がきつくて嫌だって言ってるけど、どの人のことかわからない」

とか

「説明会で会社の偉い人が言ったことを、新人の子たちが、あれはパワハラだって騒いでたけど、何のことかわからなかった」

とか、ネジが外れた発言をしています。

これは周囲をイラっとさせることはあるかとは思うけど、コミュニケーション能力の高さ以外で、人間関係をうまく構築していく能力なのではないかと思います。

 

毎日、帰宅してから何種類も研修のレポートを書き、自主学習、命令された資格取得のための受験勉強、と、かなり見ているとハードなのですが、それに対しても不満を言うわけではなく、のんびり黙々とリビングのこたつで片付けています。

 

そして、研修中に眠くなると困るので、と7時間睡眠をとってます。

家ではご飯食べてお風呂入ってお勉強したらもう寝る時間ですが、それも特に嫌とも思っていないようです。

 

そういうところが、この人の生きやすさに影響しているのだなぁと感じます。

 

姉娘は色々なことに対して、全然気がつかないタイプですが、末娘は違います。

 

「あいつ、ウザイ」

「こいつ、クソだわ」としょっちゅう言ってます

「ブスのくせに」「デブ黙れ」とか、テレビを見たり、道を一緒に歩いてても、そんなことばっかり言ってます

 

「私のほうが100倍かわいい」

「私の彼氏のほうがずっとイケメン」

比べては、あーだ、こーだと言ってます

 

「アナタみたいに、人の悪いところばっかり目についてたら、しんどくない?」

と、今日もその話をしてました

「仕方がないじゃない、目に入るんだし、そう思うんだもん」

 

「でも、アナタ、すべてにおいてマウンティングしてたら、それも大変でしょう」

「大丈夫、マウンティングしても、すべてにおいて私が勝つから。

いい気分にしかならない。

頭がいいとか、そんなもんには興味がないから、私が価値があると思うもので勝てればいい。」

 

これが「自分を持っている」ってことなんでしょうか・・・

ある意味、この人の生きやすさは、自分で物事の価値を決められることなんだと思います。

 

人にとって、生きやすい性格というのは、基準になるものが違うんだな、と感じました。

 

ちなみに、私は彼女たちと同じ20歳前後の頃は文学少女だったこともあって、

「人間はどう生きるべきか」

とか

「人間にとっての幸せとは何か」

とか、けっこう禅問答のような、哲学のようなことばっかり考えて、生きているのがしんどかったです。

私の場合は、生きやすくなったのは、年をとっていくに従って、自分の限界とか人間の限界とか身をもって思い知るようになったからのように思います。

 

太宰とか、芥川とか、若い頃には真剣に読んで感動して共感してたけど、その人たちの年齢を越える頃から、読み返すたびに、

あれ?

と思うようになって、40過ぎて読むと、

「若いなぁ、この人たち・・・青いなぁ・・・」

とか思うようになってしまいました。

 

継続は力なり

生きていくことを続けることも、自分の持つ力のひとつですね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

院内研究発表で感じたこと~気を付けてほしい4つの点

         

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先月、院内の看護研究発表会が終了しました。

 

どの部署も、発表の形にまでまとめることができて一安心です。

若い看護師さんたちが休みの日も集まって文章をまとめたり、夜勤の空き時間に資料を作ったり、途中で投げ出さずに頑張った姿は感涙ものです。

どのグループもテーマ選定に迷い、研究方法で悩み、慣れない文章を書くという仕事で苦しんだ過程を知ってるだけに、よく頑張ったなぁと心から思います。

 

ですが、研究に興味を持って自分たちで積極的に発表をしている看護師たちは、意地悪だったりするんですよねぇ。

 

「きちんと指導を受けようとする姿勢がないから、今回の発表はレベルが低い」というようなことを遠回しに言ったりします。

 

もう、びっくりします。

じゃあアナタは初めての研究のときでも、すっごいモノが出来てたんですか?ってかんじです。

 

若い頃の何もできなかった時の自分って、年をとると忘れてしまうもんなんですね。

仕事にしても、「退院支援ができない」「他職種との連携ができない」と若い看護師さんに対して厳しいことを言うスタッフがいますが、こういうのは経験を積んで学んでいくものですから、反対に若い看護師がベテランと同様にできるようなら、ベテランの価値は何なの?と思います。

 

さて、研究を論文としてまとめて、次は発表、なのですが、論文の出来はおいといて、発表の上手い、下手、という差は初心者の場合、大きくあります。

論文はていねいにきちんと出来ているグループなのに、発表会だけ見ると、いまひとつだったグループのほうが評価が高い、ということはよくあります。

 

院内発表の場合、パワポを使って行うことがほとんどだと思うのですが、その見やすさと発表者の発表の仕方が大切だと感じます。

 

問題1:パワポに文字・資料を詰め込みすぎる

これ、多いです。

タイトルのフォントは〇ポイント、本文は〇ポイント以上でとわかってはいるけど、言いたいことがたくさんあるから詰め込む。

 

特に、研究背景や研究課題の説明のときに、この傾向があるようです。

 

計画書を書くときや論文を書くときに、「はじめに」は、きちんと読み手に研究の価値や研究課題、どこまでが明らかになっているのかをわかるように、と何度も書き直しの指導をうけ、推敲を重ね、先行研究を調べた部分なので、人にも伝えたい思いが強いのかもしれません。

それは研究を始めるにあたって必要な部分ですから、実際の研究としてはサラっと流していいところだったします。

 

問題2:イラスト、写真、アニメーションの使い過ぎ

研究者の好き嫌いの分かれるところですが、私自身は、結果や考察のところでアニメーションを使われるのは好きではありません。

スライド1枚に最初から全部書いてもらったほうが読みやすいです。

よほど完成度が高くないとアニメーションは見にくくなりますし、アニメーションを出すタイミングがずれたり、必要以外で使われていると、何やってんだか・・・と思ってしまいます。

 

看護師のイラストとか、花の写真とか、スライドにいれてくるのも訳がわかりません。院内研修会とかで、楽しい研修資料を作るのと混同してるのかな、と感じますが、これはポスター発表のときにさらに顕著です。

こんなものですね↓

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研究背景、研究課題の説明の部分は、発表の導入部分で興味を持ってもらうところですから、イラストとかアニメーションとか、図とか使ってカラフルにしても良いところだとは思います。(それにしても上記画像は論外です)

実際、外部からくる指導者の中には

「はじめに、のところが文字ばっかりで見にくい」

と指摘される人もいました。

けれども、パワポ作りに慣れていない看護師さんは、いかに綺麗にスライドを仕上げるか、よりも、見やすく、発表しやすいスライドを目指したほうが良いです。

 

問題3:発表のための練習不足

発表原稿を作り、それを読む練習はしているけれど、実際にスライドに合わせて練習をする時間をじゅうぶんにとっていないようです。

時間の指定を守るために、ものすごい早口で読み上げる人もいます。

 

発表原稿というのは、基本的に不要です。

スライドを示しながら、その説明スライドの説明をしていくことが発表です。

けれども、初めてで緊張するので、皆さん発表原稿を作ってそれを読み上げていきます。

最初はそれでも良いと思うのですが、原稿を抑揚もなく、間もとらず、ただ読み上げていくのは聞いてて全くおもしろくないです。

その原稿を出席者の配布すればいいんじゃないの?と思います。

 

原稿を読んでも良いけれども、あくまでも、スライドを説明するため、スライドの補足説明です

ですから、スライドにないことを長々としゃべるのもどうかと思うし、スライドの上から下に向かって順に話さないと、見ている人はどこを説明しているかわからなくなり、スムーズに頭に入ってきません。

スライドを動かしながら10回練習すると原稿なしで発表できる、と指導者に言われたことがあるので、私はそうするようにしてます。

 

問題4:「お手元の資料をご参照ください」「時間の関係で割愛します」

パワポを使う発表では室内が暗いです。

発表途中でどうやって配布資料のその資料を見つけて読むの?っていうことが、けっこう全国の学会でもされてたりします。

その資料がその後の発表内容に関わることなら、必要なところだけでもスライドにのせなくてはいけないです。

スライドをたくさん作って、説明する時間がないから、飛ばして、「時間の関係で~」と言う人がいますが、最初から飛ばしても発表に問題ないなら作らなければいいです。

特に倫理的配慮のスライドが、こういう扱いになることが目立ちますが、全部読み上げなくても、大切なところを読むとしたら、15秒くらいしかかからないはずです。

 

以上、ここ何回かの院内研究発表で感じた、気を付けてほしい点を書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日残業、4月の異動は恐ろしい

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前回、3月の末に書いたブログのタイトルは、「残業がないのは素晴らしい」でした。

 

その数日後、4月に入って、自分の勤める部署でスタッフの異動があり、結果、自分の仕事量がどーんと増えてしまいました。

今、自分が勤めているのは外来で、一般の診療科が何種類かと、相談や退院支援他に関わる部署、検査科などがひとつのグループになっているところです。

 

なぜ仕事が増えたかというと、人員の削減です。

けれども、これが巧妙なかんじで、実際の人員は減っていないのです。

 

常勤の人がパートになって、週3回の勤務になった、とか、週1回午後に通常の勤務からはずれて委員会活動に専念するスタッフが数名入ってきた、とか、資格を持っているので、他の部署に患者指導のために週1回行くことが決まっている、とか、そんな事情で、実際はかなりの実質的な人員の削減になっているのです。

 

そして、そんな異動を決めた偉い方々が、そんなことを何も考えていなかった、ということが後でわかりました。

 

というのも、人員が実質減ってしまい、スタッフがいないところは他部署からフリーのスタッフが応援に来るのですが、私のいる部署は、4月にはいって人手不足のため、他外来のグループに比べて、応援に来てもらう回数が圧倒的に多いのです。

 

そして、偉い方々から言われたのが

 

「あなたのグループだけ応援をたくさん出しているので、グループ内で協力体制をきちんと作って、勤務を組めるようにしてもらわないと困る」

 

ちょっと待ってーーーー

応援を出してもらわないとやっていけない異動をしたのは誰だよっ

 

と、びっくりしてしまいました。

ここで、あぁ、この人たちは何も考えていなかったんだなぁということがわかったんです。

 

ありえない・・・ありえない・・・

 

というので、委員会で不在、パートで勤務時間数が減った、そのほかの理由で昨年から何パーセントの実質の人員削減となるのか、何曜日のどの枠でスタッフが不足なのか、という表を作成し、看護部に提出して人員の確保をお願いしました。

向こうの反応としては、「え?そうなの?これじゃ大変ねぇ」という他人事のようなものでした。

 

これって、どう考えても、現場の自分の仕事じゃなくて、看護部が人事異動をするときにきちんと考えるべきことです。

 

他部署から応援に来てもらう枠組みは作れそうですが、応援はあくまでも応援で、やっぱり本来のスタッフが行う仕事とは違うので、人員の補充をしてほしいなぁと思ってます。

 

補充してもらうための方法としては、人が足りないことで超過勤務が増えているため、超過勤務届をきちんと書いていくこと、人が足りないことが原因でミスがおこった時やマニュアル通りの業務ができない場合でもインシデントレポートを書いて、人手不足をアピールしていこう、ということにしました。

 

私自身の仕事としても、書類作成やソーシャルワークをしてくれていた他職種のスタッフが他部署との兼任になったため、その仕事が回ってきました。

連日の残業と、休日の仕事持ち帰りです。

 

昨年度も、残業はけっこうあったのですが、反対に、時間に余裕があってのんびり仕事ができる日もあるので、超勤届は書いていませんでした。

が、とにかく人の補充が欲しいので、毎日2時間、3時間と書いています。

 

きっと月末には、超勤の多さに呼び出しが来ると思いますが、そこでも、いかに人が足りなくて、業務量が増えたかを熱く語ろうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

残業がないのは素晴らしい

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ネットの投稿で、仕事が一日8時間なんて楽勝だと思ってたけど、実際は全然8時間じゃない、という書き込みがありました

 

6:15 起床

7:00 電車

8:00 会社到着

8:30 仕事

17:30 残業

20:00 仕事終了

21:00 帰宅・夕食・入浴

22:30 自由時間

24:00 就寝

 

うーん、恐ろしい・・・

一日に1時間半しか自由になる時間がない

これが毎日続くと何のために生きてるんだ、という気持ちになりそうです

 

これが子育て中の人だったりすると、この1時間半も家事に消えてしまうんでしょうね

 

通勤にもっと時間がかかる人とか、満員電車でぎゅうぎゅうに揺られて疲れ果てる人とかもいるんですよね

 

忙しい部署にいるときは、毎日が残業でした

終わるのが20時、21時というのも珍しくなかったです

就業時間が終わるとやっと自分の仕事をゆっくりできる、というかんじでしたが、就業時間後というのは気持ちもダレてしまって、ペースも遅くなるんですよね

 

21時に終わって帰宅すれば本当に食事と入浴したら寝る時間で、寝たらすぐ朝で、そして仕事して夜、の繰り返しでした

 

仕事は楽しめないし、気持ちはザラつくし、体は辛いし、医療事故おこしそうになるし、良いのは残業代がついてお給料があがるだけです

 

やっぱり何のために働いているんだろうって思ってしまう人生は残念です

 

もちろん、いっぱい稼いでいっぱい使うのが好きな人もいるだろうし、いっぱい貯めるのが生きがいの人もいるだろうから、人それぞれなんですけれど

 

今は、残業がほとんどない部署にいます

あるんですけど、週3日くらいは定時の17時半に仕事を終れます

研修会の資料作成やアンケート作りは自宅で音楽聞きながらのんびりしてます

 

今は年度末なので、1年でやったことをまとめたり、マニュアルやハンドブックの校正をしたりする仕事が詰まっているので持ち帰り仕事が多いですが、自宅には18時には帰れます

 

ご飯食べてお風呂入って仕事を2~3時間してもまだ22時!

 

そこから寝るまでは、本当にこの時間を楽しみに今日も働いたよ、という読書とお酒の時間です

 

しばらく前からはまっている池波正太郎の「鬼平犯科帳」を、お酒飲みながらこたつでのんびり読みます

 

ドラマもよく見返すのですが、二代目中村吉右衛門の恰好いいこと(*'ω'*)

 

鬼平犯科帳を読んでほろ酔い気分で、寝ながら「勇者ヨシヒコ」を1話分見て寝落ちする・・・

なんて幸せな時間・・・

 

幸せだなぁと思いつつ眠り、起きたらまたその夜の楽しみのために働こうと思う幸せ・・・

仕事で緊張してストレスの強くかかる看護師さんは一日のうちに緊張を開放し、一度リセットしてリフレッシュしてまた仕事に臨むことをお勧めします

 

若い頃から読書は生活の一部で大好きなものですが、その時間のありがたさがわかり、幸せだと感じるようになったのは、色々なことがあって年をとった今だからだと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

精神科の敷居の低さは良いばかりではない・・・のかも

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クリニックでは精神科が心療内科と併記されることも多く、心理的な抵抗を減らすことに役立っているようです

 

メンタルヘルスクリニック、スリープクリニック、睡眠障害専門、など、さらに受診しやすそうな名前をつけるクリニックもあります

 

昔と比べて不登校児童・生徒が増加していると言われていますが、不登校の場合、学校から精神科受診を勧められることも多いようで、県下の思春期外来を専門としている精神科は評判のよいところでは初診で3か月、6か月待ちのところもあります

そんなふうに子供の頃から受診していると精神科への抵抗が家族そろってないようで、家族全員が受診しているケースもあったりします

 

福祉関係の仕事をしている友人も、子供が職場でパワハラにあって休職し精神科受診をし、それが心配で自分も気持ちが落ち込んで受診し、もう二人の子供も職場で嫌な事があって落ち込んだらついでに姉妹、親子で一緒に受診し、それがもう5年以上不定期に続いていると言ってました

転職や結婚、出産で気持ちが落ち込むと受診しているとのことでした

 

先月、研修会で精神科の医師に会った時に最近の受診の傾向を世間話的に聞く機会がありました

 

精神科受診、といえば、例えば家族内でトラブルがあった場合、それによってどのように不調になるかを相談する場所と言えるのですが、話を聞いてほしい、肯定してほしいがための受診をする若い人が増えているというのです

 

例えば、夫の両親と同居しているが、ご飯に文句を言われる、洗濯物の干し方を注意される、子育てに口を出される、それが嫌で仕方ない、子供が言うことを聞かない、夫がギャンブルをするなどなど・・・

で、それらの何に困っているのか、とやんわりと問うと

「ストレスです」

と答える。

そして、いかに自分が我慢していて相手がひどいかを語る。

 

これは、本来は友達に愚痴ったり、ネットの相談コーナーに書き込んだりする内容じゃないのだろうか・・・

精神科医に話したところでアドバイスをもらえるものでもなく、理解してもらえるとも思わない

元からそれを望んでいるとも思えません

 

守秘義務があって誰にもらすこともなく、

「大変ですね」「無理しないように」

と言ってくれて、

「自分だって悪いところはあるでしょう」

とか

「義母にだって言い分はあるでしょう」

などと批判することもない相手に感情をぶつけ、あなたは悪くないと肯定されたいための受診のように感じられます

 

時間外や休日に気軽に救急外来に受診するコンビニ受診と変わらないんじゃないかなぁと思ってしまいました

 

受診することでその人が安心できて、病むことなくQOLを上げることができれば、それはそれでいいことなのかなぁ

と考えてしまいました

 

 

 

 

 

看護師の退職の理由② ~私の周りの退職者

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前回のブログで看護師の退職について書きました

 

1位 人員不足で仕事がきつい 
2位 賃金が安い 
3位 休みが取れない 
4位 夜勤がつらい 
5位 医療事故への不安 
6位 職場の人間関係
7位 仕事の達成感がない 
8位 患者・家族からのクレーム 

        自治労連「看護職員の労働実態調査中間報告(2011年)

 

ということでしたが、私の周囲ではあんまりこれは当てはまらないように感じます。

私は今の職場は中途採用なのですが、その時に同時に入職した新人看護師さんたちが何年かして辞めていった理由は、遠方の人との結婚による退職、出産により育児のため退職、看護師になる前にやっていた仕事に戻りたくなって退職、看護師よりリハビリの仕事をしたくなり専門学校に入るため退職となっています

 

20歳代で退職する時にはそういうかんじなのですが、40歳後半から少しずつ他の理由で退職者が出るようになります。

 

「同期入職の看護師が自分より先に管理職になった」

というのがあります

どの職場でもあるように組織のトップが替わると、推される人間が変わっていきます

係長、課長と登って行ったときにトップが交代してずっと課長どまりで、後から来た人が師長になってしまう、というのは複雑な思いがあるようです

 

「住宅ローンを払い終わった・子供が社会人になった」

この理由で、もう3交代をする必要もなくなって、もっとのんびり働くために退職するという人も出てきます

うらやましいです・・・

独身の看護師さんで、40歳半ばで

「老後の資金は貯め終ったので、後はのんびりパートでもする」

という人もいました。素晴らしい!

 

「3交代をする体力がなくなった」

40歳後半から、この理由で3交代のある病棟以外の勤務を希望する人が増えます

私の勤める病院で50歳以上で3交代をしている人を思い浮かべてみましたが、数人しかいないです

夜勤のない部署は、育児中で夜勤免除されている看護師が優先的に配属されるので、夜勤のない部署は育児中の看護師でいっぱいです。

体力的に夜勤がしんどい、という理由で夜勤のない職場を希望しても、その部署に空きがないと異動できないので、やはり辞めていく人もでてきます

やっぱり夜勤って過酷ですもんね

 

親の介護でやめる人はほとんどいないです

利用できる制度をよく知っていることや、院内のワーカーに相談することができること、個人的に思うのは、看護師として働いていると収入が確保されているので、自宅介護が無理な時は、比較的入居しやすいグループホームやサ高住を迷わず利用できること、介護は家族だけで行うよりもサービスを利用するほうが介護する側・される側にとって利点が多いことを理解していることもあるのではないでしょうか

 

40代後半を過ぎて退職される看護師さんは、クリニックよりも介護保険施設で仕事をされる方が多いです。

夜勤なし、残業無し、週休完全2日という条件が良いのでしょうか。

自分が年をとって、自分自身や親の介護が身近になったために選ばれるのかもしれません。

 

私自身も若い頃は最新の医療に関わっていたい気持ちが強かったですが、今は、最終的には人が幸せな最期を迎えるために役立っていく仕事がしたいと考えています。