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継続は力なりと思う看護師の日記

思えば長く続けている看護師というお仕事、研究、そのほかについて書こうと思います

注文の多いお医者さん

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私が若い頃には、外科系のドクターは短気で気難しい人が多く、創交換でガーゼの渡し方が気に入らないと、攝子を投げつける、膿盆を投げつける、怒鳴る、ということが日常茶飯事でした

 

今、そんなことやったら即パワハラで大問題ですよね

 

さて、そういうお医者さんはさすがにいなくなりましたが、細かな注文の多いお医者さん、というのは多いです

 

4月、大学からの派遣の医師が交代するのですが、診察室の棚の位置、机の位置の変更を希望する方や、「椅子が気に入らない」と違うものを希望する方などもいます

 

予約方法の変更や、診療時間の変更を希望したりもしますが、そうなると、看護師では決められませんから

「私達だけでは返答しかねますから、関係部署に確認をしたうえでお答えいたします」と返事をしておきます。

 

そして、診療部の上の方や、事務部、看護部の上のほうに、〇〇先生がこのような希望をしておられますが、病院として返答はどうされますか、とお伺いに行かねばなりません。

 

子供のお使いのように各部署にお伺いをして、回答をまとめたものを持って行くと、

「あ、あれはもういいわ。もうしばらくこのままでやってみる」

 

の一言で終わったりします。

 

私の時間を返せ、と、うんざりするのですが、それよりも、

この人はいい年をして頭も悪くはないだろうに、自分の発言が他に影響を与えて、手間と時間をかけさせる、ということを知らないか、知っていても何とも思わないんだなぁと呆れてしまいます

 

こういうお医者さんは、しょっちゅう、色々な提案や要望を出してきますが、それがただ思いついたことを言いたいだけなのか、たんなる愚痴なのかは、いまだによくわかりません

 

看護師の中の一説としては、こういう人はすごいお金持ちか名家の生まれで、何でも言うことを聞いてもらいながら今まで来てしまったのではないか、と言われています

金持ち・名家育ちがどんな人なのかわからないので、何とも言えませんが、面倒だなぁと思ってます

 

ただ、注文の多いお医者さんは、仕事の手際がものすごく悪くて、何事にも時間がかかり、看護師相手にあーでもない、こーでもない、と考えることが多く、時間に追われることも多いので、その反動なのかもしれないと感じてます

 

自分の能力の低さを認めたくないために、仕事がスムーズにいかない理由を環境のせいにして、その改善を周囲に求めているのだとしたら、かわいそうな人だな、とも思います

 

能力の高いお医者さんは、仕事もスムーズですし、自分で動くことも多いです

モノさえ置いておけば、

「自分でします」

とテキパキと自分のペースで処置することが多いです

 

先日、外科系の外来を手伝いに行ったときに、ガーゼを固定するテープの大きさが自分の気に入るようにしてもらえない、というので、散々ダメだししてるお医者さんがいました

「大きすぎる、そんなのもわからないの?」

「そうじゃない、はぁ・・・(ためいき)」

「角はもっと取ってよ」

「小さすぎるよ」

 

どう考えたって、自分で自分の気に入るように切ったほうが速いのに、自分ではしない。

何十年もあんたの世話してるお母さんじゃないんだから、あんたの好みなんか知らないよ、と、この時も呆れましたが、看護師さんによると、口うるさく言った後は少し反省して、看護師のご機嫌をとったりするのでカワイイもんだ、とのことでした。

偉いですねぇ。

 

先週、院内の緊急コールがあって、外来で急変した方のCPRについたのですが、あまり接したことのないお医者さんの介助でした。

 

スタッフが大勢いてテンパってしまったせいもあるのか、

「そうじゃない、わかってないなぁ、もう!」

「余計なことしないでよ」

「これ先にして!やっぱりこっち!違う、そっち先!」

「なんでルートを正中でとるの!ありえないことしないで!」

 

CPRガイドライン完全無視の俺様方式、良く言えば、そのケースに応じた変則的処置だったので、もう介助するほうは、え?え?何?状態でした

 

イザと言うときに本性が出る、というか、日々の鍛錬が足りなくて否定的な言動が出てしまうのか・・・

やっぱり能力不足を環境のせいにしているとしか思えないケースでした

 

黙って働け、とは言わないけれど、お互い人間ですもの、気づかいながら仕事したいものです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴールデンウイークは湯治に行きます

4月に入って、部署の異動が多かったせいもあり、毎日忙しいです

 

残業がなければ、まだ明るいうちに帰宅して、家庭菜園のお世話をしたり、庭仕事もできる季節なのに、毎日8時を過ぎるので、帰宅→夕食→お風呂で10時を過ぎ、日本酒を飲みながら池波正太郎の「剣客商売」を2~3話読むともう寝る時間です。

 

寝る前に本を読んで、その日の気持ちをリセットするのは、若い頃からの習慣です。

鬼平犯科帳」が好きで、池波さんつながりで今は「剣客商売」読んでます

 

剣客商売の隠居した老剣士の暮らしを読んで、昭和のお父さんたちは、

「年をとったら、こんな風に生きたいなぁ」

なんて思ったのではないでしょうか

 

GW、疲れてるので、湯治に行きます

 

元から、豪華なところに泊ることに興味はなく、評判の良い民宿で、そこだけにしかない郷土料理を食べるのが好きです

 

ご当地ラーメンとか、地元の居酒屋さんなんかも大好きです

 

今年は東北の湯治場に行きますよ!

 

 

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湯治プランなので、そのお宿の一番古い部屋に泊まり、お食事も、家庭料理です

 

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もう、全然じゅうぶんです

 

これを食堂で食べた後に、途中の道の駅とかで買ったお漬物やご当地名物で、部屋で日本酒を飲みながら「剣客商売」を読み、夜中とか朝にお風呂に入る、と。

 

日中は新緑の温泉街を歩き、名物の湯に浸かり、街はずれの寺へお参りに行って夜はまたお湯へ・・・

 

本当は木の中でのんびりしたくて、コテージを探しましたが、GW中は、コテージなのに食事つきで一人2万円から、とか、おそろしい値段になっているものや、安いところは全然空いてなくてあきらめました

 

テント泊で高原のキャンプもいいな、と思ったのですが、同行者にまだ寒いからイヤ、と反対されました

寒いからいいのにね。

山に登るにも、まだ山小屋付近は昨年のGWは雪でした、とか、まだまだこの時期冬山ですしね

 

湯治場での過ごし方は、自宅の休日とあんまり変わらないような気もしますが、どこも満室になってるお宿が多い中、湯治場はまだまだ空室がありました

 

GWに入る前の、明日明後日は片付ける仕事が多くて、長時間の残業になりそうですから、湯治場行きを楽しみに頑張ります

 

 

 

 

息子がうつになりまして⑦ 料理セラピー

息子が休職を経て退職し、自宅療養を始めて3か月になります

 

実家に帰ってからは、食事を含む家事は引き受けてくれてます

料理やお菓子作りが趣味だったので、義務感だけでなく、そう苦痛でもなく、料理は作ってるようです

 

これがもし、料理のできない人だったら、親に食事を作ってもらわなくてはならないので、それが精神的負担になってたのかも、と思います

 

料理できると、家の中で役にたっている感も感じられて、自分の存在価値のアピールにもなるし、他者からの肯定感も得られるし、鬱の人にとってはいいのではないでしょうか

 

ある日の朝食

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休日の昼食

カルボナーラ

サラダ

もやしのお浸し

手作りイチゴソース入りヨーグルト

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休日の昼食

マグロのユッケ丼

こんにゃくのゆず味噌がけ

厚揚げと大根の葉のお味噌汁

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肯定感やお役立ち感を得られるだけでなく、純粋に熱中することが出来る何かがあるのもいいですよね

 

「趣味がない」

「暇だけど何をしていいかわからない」

「休日が退屈」

 

これは、本当に人生を損しているな、と思う

でも、努力したら夢中になる趣味ができるか、といえばそんなこともないでしょうし、子供の頃の育て方でなんとかなるものでもないように思うし、人生を楽しめるかどうかの運に左右される気がします

 

うちの息子の場合は、料理とラノベとゲームがあって良かったね、と思います

 

 

 

 

 

「倫理的配慮」の独り歩き①

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研究を始める前の研修会などでは、倫理的配慮には気を付けるように、どんなに価値のある研究でも倫理で引っかかったらアウトですよ、と繰り返し説明します。

 

研究経験者の先輩方からもアドバイスを受けるようで、初めて研究をする看護師さんたちも、この項目はきっちりと書いてきます。

 

けれども、連結式でもない無記名質問紙調査なのに、

「研究の途中で参加を中断できる」

と書いてあったり、院内研究で〇〇病棟の新人看護師全員を対象としたものなのに、

「研究参加者は特定されないように配慮し・・・」

と書いてあったりします。

 

その一文をどのように具体的に行うかの記載がなく、あまりに抽象的で、普通に考えれば不可能なお約束です。

 

研究に少し慣れてくると、「倫理的配慮」にものすごくこだわる人がでてきます。

自分の研究に対して、いかに倫理に配慮しているか詳細に述べ、細心の注意を払う、というのは、そこまでする必要はないと思うけど、やりたければやってはいけないものでもないから、まぁどうぞ、というかんじです。

 

研究専門の大学の先生で

「データの入ったUSBは研究終了後に破壊する」

と書いている方がいて、なんだかその一言が論文の中で一番印象に残るということもありました。

これは表現方法の問題なんでしょうけれど。

 

さて、自分の研究の倫理にこだわる人は、人の研究に対しても面倒くさいことを言ってきます。

 

「研究対象者が特定されてはいけない」

ですが、臨床の看護師さんの定番、自分の勤務する病院の看護師を対象に研究する場合、さらにそれが新人看護師、中堅看護師、男性看護師、などに対象を絞る場合、どうしたって対象者は院内のスタッフにはなんとなく誰のことかわかってしまいます。

 

たとえば、「親の介護と勤務を両立させる工夫」を研究テーマにするとします。

昨今、社会問題となっている、親の介護による離職を、三交代勤務をしながら看護師はどうやって乗り越えていっているのか、という興味のあるテーマです。

 

しかし、介護をしている看護師、ということである程度院内のスタッフには誰が対象になっているかわかります。

こういう時に、「研究者が特定される」という理由で、クレームがついたりします。

 

これは、研究対象者に研究協力依頼をする時点で、

「データの扱いには注意を払うが、発言内容によっては個人が特定されるおそれがある」

という説明をし、そのうえで、看護師という専門職の個人の判断で参加を決めていただき、研究方法に、倫理的配慮を行ったためにおこる制限を説明し、必要ならば最後に、制限をしたためにおこる研究の限界を記載すれば問題ないことだと考えます。

平たく言えば、判断能力のある人が、

「身バレしてもいいよ」

と言って研究参加してくれるなら問題ない、ということです。

 

しかも、院内研究の場合は、職員対象で自由意志での参加だとわかれば、よほどのことがなければ倫理上問題になることはないと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きやすさに影響する性格

           

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末娘が2年続けたアルバイトをやめて、新しいアルバイトを始めました

 

「新しいところ、どう?」

 って尋ねると

「仕事は忙しいしハード。疲れる。

でも、最初って、どこも大変だよね、慣れるまで。

どこだって一緒だよ、きっと」

と、大人な発言をしてました。

 

今日は珍しく、姉娘と末娘と私の3人でお茶を飲んで、ゆっくりしゃべる時間があったので、世間話しをしていました。

生活する時間が違うので、3人でしゃべるのは久しぶりです。

 

姉娘はこの春就職し、実家から会社に通ってます。

まだ新人研修を受けているところですが、今週は業務説明の一環で、品質管理部門の研修があり、製品を選別する、不良個所を見つける、というような説明を受けたそうです。

「でも、どこが悪いか私にはさっぱりわからないくてさ、説明されても違いがわかんないし、他の人たちはみんなわかってるらしいけど、私だけわかんなくてさー、やばいわー」

と言ってました。

 

すべてにおいて、おおらか、気にしない、気が付かないという性格が、製品の不具合を見つける、という点においても発揮されるのか、と思って驚きました。

 

そんな性格なので、就職しても特に仕事や人間関係に不満もなく、しんどいとも思わず、気を張ってるわけでもなく、ゆるーっと環境に馴染んでいます

 

「なんか、一人お局様みたいな人がいるらしくて、みんな、言い方がきつくて嫌だって言ってるけど、どの人のことかわからない」

とか

「説明会で会社の偉い人が言ったことを、新人の子たちが、あれはパワハラだって騒いでたけど、何のことかわからなかった」

とか、ネジが外れた発言をしています。

これは周囲をイラっとさせることはあるかとは思うけど、コミュニケーション能力の高さ以外で、人間関係をうまく構築していく能力なのではないかと思います。

 

毎日、帰宅してから何種類も研修のレポートを書き、自主学習、命令された資格取得のための受験勉強、と、かなり見ているとハードなのですが、それに対しても不満を言うわけではなく、のんびり黙々とリビングのこたつで片付けています。

 

そして、研修中に眠くなると困るので、と7時間睡眠をとってます。

家ではご飯食べてお風呂入ってお勉強したらもう寝る時間ですが、それも特に嫌とも思っていないようです。

 

そういうところが、この人の生きやすさに影響しているのだなぁと感じます。

 

姉娘は色々なことに対して、全然気がつかないタイプですが、末娘は違います。

 

「あいつ、ウザイ」

「こいつ、クソだわ」としょっちゅう言ってます

「ブスのくせに」「デブ黙れ」とか、テレビを見たり、道を一緒に歩いてても、そんなことばっかり言ってます

 

「私のほうが100倍かわいい」

「私の彼氏のほうがずっとイケメン」

比べては、あーだ、こーだと言ってます

 

「アナタみたいに、人の悪いところばっかり目についてたら、しんどくない?」

と、今日もその話をしてました

「仕方がないじゃない、目に入るんだし、そう思うんだもん」

 

「でも、アナタ、すべてにおいてマウンティングしてたら、それも大変でしょう」

「大丈夫、マウンティングしても、すべてにおいて私が勝つから。

いい気分にしかならない。

頭がいいとか、そんなもんには興味がないから、私が価値があると思うもので勝てればいい。」

 

これが「自分を持っている」ってことなんでしょうか・・・

ある意味、この人の生きやすさは、自分で物事の価値を決められることなんだと思います。

 

人にとって、生きやすい性格というのは、基準になるものが違うんだな、と感じました。

 

ちなみに、私は彼女たちと同じ20歳前後の頃は文学少女だったこともあって、

「人間はどう生きるべきか」

とか

「人間にとっての幸せとは何か」

とか、けっこう禅問答のような、哲学のようなことばっかり考えて、生きているのがしんどかったです。

私の場合は、生きやすくなったのは、年をとっていくに従って、自分の限界とか人間の限界とか身をもって思い知るようになったからのように思います。

 

太宰とか、芥川とか、若い頃には真剣に読んで感動して共感してたけど、その人たちの年齢を越える頃から、読み返すたびに、

あれ?

と思うようになって、40過ぎて読むと、

「若いなぁ、この人たち・・・青いなぁ・・・」

とか思うようになってしまいました。

 

継続は力なり

生きていくことを続けることも、自分の持つ力のひとつですね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

院内研究発表で感じたこと~気を付けてほしい4つの点

         

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先月、院内の看護研究発表会が終了しました。

 

どの部署も、発表の形にまでまとめることができて一安心です。

若い看護師さんたちが休みの日も集まって文章をまとめたり、夜勤の空き時間に資料を作ったり、途中で投げ出さずに頑張った姿は感涙ものです。

どのグループもテーマ選定に迷い、研究方法で悩み、慣れない文章を書くという仕事で苦しんだ過程を知ってるだけに、よく頑張ったなぁと心から思います。

 

ですが、研究に興味を持って自分たちで積極的に発表をしている看護師たちは、意地悪だったりするんですよねぇ。

 

「きちんと指導を受けようとする姿勢がないから、今回の発表はレベルが低い」というようなことを遠回しに言ったりします。

 

もう、びっくりします。

じゃあアナタは初めての研究のときでも、すっごいモノが出来てたんですか?ってかんじです。

 

若い頃の何もできなかった時の自分って、年をとると忘れてしまうもんなんですね。

仕事にしても、「退院支援ができない」「他職種との連携ができない」と若い看護師さんに対して厳しいことを言うスタッフがいますが、こういうのは経験を積んで学んでいくものですから、反対に若い看護師がベテランと同様にできるようなら、ベテランの価値は何なの?と思います。

 

さて、研究を論文としてまとめて、次は発表、なのですが、論文の出来はおいといて、発表の上手い、下手、という差は初心者の場合、大きくあります。

論文はていねいにきちんと出来ているグループなのに、発表会だけ見ると、いまひとつだったグループのほうが評価が高い、ということはよくあります。

 

院内発表の場合、パワポを使って行うことがほとんどだと思うのですが、その見やすさと発表者の発表の仕方が大切だと感じます。

 

問題1:パワポに文字・資料を詰め込みすぎる

これ、多いです。

タイトルのフォントは〇ポイント、本文は〇ポイント以上でとわかってはいるけど、言いたいことがたくさんあるから詰め込む。

 

特に、研究背景や研究課題の説明のときに、この傾向があるようです。

 

計画書を書くときや論文を書くときに、「はじめに」は、きちんと読み手に研究の価値や研究課題、どこまでが明らかになっているのかをわかるように、と何度も書き直しの指導をうけ、推敲を重ね、先行研究を調べた部分なので、人にも伝えたい思いが強いのかもしれません。

それは研究を始めるにあたって必要な部分ですから、実際の研究としてはサラっと流していいところだったします。

 

問題2:イラスト、写真、アニメーションの使い過ぎ

研究者の好き嫌いの分かれるところですが、私自身は、結果や考察のところでアニメーションを使われるのは好きではありません。

スライド1枚に最初から全部書いてもらったほうが読みやすいです。

よほど完成度が高くないとアニメーションは見にくくなりますし、アニメーションを出すタイミングがずれたり、必要以外で使われていると、何やってんだか・・・と思ってしまいます。

 

看護師のイラストとか、花の写真とか、スライドにいれてくるのも訳がわかりません。院内研修会とかで、楽しい研修資料を作るのと混同してるのかな、と感じますが、これはポスター発表のときにさらに顕著です。

こんなものですね↓

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研究背景、研究課題の説明の部分は、発表の導入部分で興味を持ってもらうところですから、イラストとかアニメーションとか、図とか使ってカラフルにしても良いところだとは思います。(それにしても上記画像は論外です)

実際、外部からくる指導者の中には

「はじめに、のところが文字ばっかりで見にくい」

と指摘される人もいました。

けれども、パワポ作りに慣れていない看護師さんは、いかに綺麗にスライドを仕上げるか、よりも、見やすく、発表しやすいスライドを目指したほうが良いです。

 

問題3:発表のための練習不足

発表原稿を作り、それを読む練習はしているけれど、実際にスライドに合わせて練習をする時間をじゅうぶんにとっていないようです。

時間の指定を守るために、ものすごい早口で読み上げる人もいます。

 

発表原稿というのは、基本的に不要です。

スライドを示しながら、その説明スライドの説明をしていくことが発表です。

けれども、初めてで緊張するので、皆さん発表原稿を作ってそれを読み上げていきます。

最初はそれでも良いと思うのですが、原稿を抑揚もなく、間もとらず、ただ読み上げていくのは聞いてて全くおもしろくないです。

その原稿を出席者の配布すればいいんじゃないの?と思います。

 

原稿を読んでも良いけれども、あくまでも、スライドを説明するため、スライドの補足説明です

ですから、スライドにないことを長々としゃべるのもどうかと思うし、スライドの上から下に向かって順に話さないと、見ている人はどこを説明しているかわからなくなり、スムーズに頭に入ってきません。

スライドを動かしながら10回練習すると原稿なしで発表できる、と指導者に言われたことがあるので、私はそうするようにしてます。

 

問題4:「お手元の資料をご参照ください」「時間の関係で割愛します」

パワポを使う発表では室内が暗いです。

発表途中でどうやって配布資料のその資料を見つけて読むの?っていうことが、けっこう全国の学会でもされてたりします。

その資料がその後の発表内容に関わることなら、必要なところだけでもスライドにのせなくてはいけないです。

スライドをたくさん作って、説明する時間がないから、飛ばして、「時間の関係で~」と言う人がいますが、最初から飛ばしても発表に問題ないなら作らなければいいです。

特に倫理的配慮のスライドが、こういう扱いになることが目立ちますが、全部読み上げなくても、大切なところを読むとしたら、15秒くらいしかかからないはずです。

 

以上、ここ何回かの院内研究発表で感じた、気を付けてほしい点を書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日残業、4月の異動は恐ろしい

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前回、3月の末に書いたブログのタイトルは、「残業がないのは素晴らしい」でした。

 

その数日後、4月に入って、自分の勤める部署でスタッフの異動があり、結果、自分の仕事量がどーんと増えてしまいました。

今、自分が勤めているのは外来で、一般の診療科が何種類かと、相談や退院支援他に関わる部署、検査科などがひとつのグループになっているところです。

 

なぜ仕事が増えたかというと、人員の削減です。

けれども、これが巧妙なかんじで、実際の人員は減っていないのです。

 

常勤の人がパートになって、週3回の勤務になった、とか、週1回午後に通常の勤務からはずれて委員会活動に専念するスタッフが数名入ってきた、とか、資格を持っているので、他の部署に患者指導のために週1回行くことが決まっている、とか、そんな事情で、実際はかなりの実質的な人員の削減になっているのです。

 

そして、そんな異動を決めた偉い方々が、そんなことを何も考えていなかった、ということが後でわかりました。

 

というのも、人員が実質減ってしまい、スタッフがいないところは他部署からフリーのスタッフが応援に来るのですが、私のいる部署は、4月にはいって人手不足のため、他外来のグループに比べて、応援に来てもらう回数が圧倒的に多いのです。

 

そして、偉い方々から言われたのが

 

「あなたのグループだけ応援をたくさん出しているので、グループ内で協力体制をきちんと作って、勤務を組めるようにしてもらわないと困る」

 

ちょっと待ってーーーー

応援を出してもらわないとやっていけない異動をしたのは誰だよっ

 

と、びっくりしてしまいました。

ここで、あぁ、この人たちは何も考えていなかったんだなぁということがわかったんです。

 

ありえない・・・ありえない・・・

 

というので、委員会で不在、パートで勤務時間数が減った、そのほかの理由で昨年から何パーセントの実質の人員削減となるのか、何曜日のどの枠でスタッフが不足なのか、という表を作成し、看護部に提出して人員の確保をお願いしました。

向こうの反応としては、「え?そうなの?これじゃ大変ねぇ」という他人事のようなものでした。

 

これって、どう考えても、現場の自分の仕事じゃなくて、看護部が人事異動をするときにきちんと考えるべきことです。

 

他部署から応援に来てもらう枠組みは作れそうですが、応援はあくまでも応援で、やっぱり本来のスタッフが行う仕事とは違うので、人員の補充をしてほしいなぁと思ってます。

 

補充してもらうための方法としては、人が足りないことで超過勤務が増えているため、超過勤務届をきちんと書いていくこと、人が足りないことが原因でミスがおこった時やマニュアル通りの業務ができない場合でもインシデントレポートを書いて、人手不足をアピールしていこう、ということにしました。

 

私自身の仕事としても、書類作成やソーシャルワークをしてくれていた他職種のスタッフが他部署との兼任になったため、その仕事が回ってきました。

連日の残業と、休日の仕事持ち帰りです。

 

昨年度も、残業はけっこうあったのですが、反対に、時間に余裕があってのんびり仕事ができる日もあるので、超勤届は書いていませんでした。

が、とにかく人の補充が欲しいので、毎日2時間、3時間と書いています。

 

きっと月末には、超勤の多さに呼び出しが来ると思いますが、そこでも、いかに人が足りなくて、業務量が増えたかを熱く語ろうと思います。